1.石のはなし
北軽育ちの叔母にくっ付いて、散歩に出たときのこと。
ぽっくらぽっくらと歩くのが好きな人で、私をよく散歩に連れ出してくれた。
私のような子供連れだったから、車通りの少ないアスファルトの道を行くことが多かった。
ある日、叔母は普段とは違う、細い道に入っていった。
民家も途絶えた先に、小山のようなものがあり、道はさらにその奥へと続いていた。
道の両側には木々が迫っていたが、ずんずん進む後を追って、小走りについていく。
道が狭くなり、下草をガサガサ踏みながら、小さな崖を下りると、そこには小川が流れていた。
昼下がりの木漏れ日。きらきらと光る水面。揺れる水草。
何かの本で読んだ、神話の世界のようだった。
見惚けている私に、叔母が語ってくれた。
むかし、叔母自身が子供だった時、よくこの川辺に来て一人で過ごしていたという。
お気に入りの場所で、誰にも教えなかった。
いつものように小川まで行くと、見慣れぬ石が、小川の真ん中にあった。
向こう岸へ渡るのにちょうどよく、足を置くのに都合の良い平たい石だった。
見覚えがない。
しょっちゅう来ては、流れを眺めたり、あちこちを歩き回ったりしていたが、あんな場所に石があったろうか?
踏んで渡ってくれといわんばかりの魅力をムンムン放っており、不思議に思いつつ足を伸ばした。
足が触れるか触れないかといったその時。
石がぐるんと回った。
盛大な水しぶきを上げて、川中ですっ転んだ叔母。
何が何だか分からず、立ち上がったが、もうその石はなくなっていた。
話し終えて、ふっふっふっと笑い、あれは狐の仕業だったと思うと言った。
気付くと日が傾いていて、ついさっきまで親しげにキラキラとしていた小川が、夜の雰囲気を醸し始めていた。
叔母だと思ってついてきたけど、狐だったらどうしよう…と思ったのを覚えている。