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本読みの小旅行044

草色の切符を買って

岸田衿子 著 / 古矢一穂 花の絵 (青土社)

草色の切符を買って

詩人で童話作家の姉・岸田衿子。女優の妹・岸田今日子。
子供のころから家族で来荘し、夏は北軽のH村に長く滞在した(衿子さんはその後、北軽に居を構えている)。

岸田姉妹は美人だったし、二人とも雰囲気のある人だったようだ。
ようだ…と書いたのは、直接お会いしたことはなく、本にあった著者近影で見たのか、ネットで見たのだったか、あとは伝え聞く話ばかりだから。
俊太郎さんとの結婚式で、参列者もみんな集まっているのに衿子さんが出てこず、それはお化粧が終わらなかったから…とか、寝起きの顔は絶対に誰にも見せなかった…とか。
どこまで本当だか分からないけれど、こんな風に噂の中心にいるくらい、みんなが視線を注いでいたのだろう。

『岸田姉妹が北軽を歩いていたころは「こんなに綺麗な人がいるなら…」と別荘が売れたもんだ…』
祖母がひっひと笑いながら話してくれた昔話だが、いまのような不景気な世の中とは違い、日本中がバブルに浮かれていた頃なら、あながち嘘ではないかもしれない。

衿子さんのエッセイには、しばしば北軽の話が出てくる。
台風の後の林の様子や村であった運動会、渓流のクレソンのこと、草軽電鉄のことなどが書かれていて、あの川のほとりか、あの広場かと思い巡らす。
紫がかった大きな木陰や、淡く移ろう紅葉の終わりが、画家でもある彼女が表現すると一枚の絵のように浮かび上がる。

かつて人を乗せ、物資を運んだ草軽電鉄も今はない。
森が更地になったり、空き地に家が建ったりして、エッセイが書かれたころとはずいぶんと時代が変わってしまった。
毎日いろんなことが起きて、社会はせくせくと忙しぶってるけれど、足の遅い春の気配や秋から冬への時間の流れ方は変わらない。
その変わらなさに心救われたりしている。

今日の言の葉

薪ストーブの上で花豆を煮る

「寒い季節に火の燃えている小屋の中にいれば、しぜんに豆が煮えてしまう」というのは衿子さんの持論。ストーブの上にはつねに何かのっていて、栗だったり、シチューだったり、豆だったり、ワラビだったりが大鍋にグツグツしてるのだ。

祖母の家でもそうだったし、自分の家でも同じ風景がある。寒いのだから、火があることが当たり前。暖をとりながら鍋をかけておくのも当たり前。
この得難い「当たり前」のために、北軽に住んでいる。

by ゆうき2018.12.04

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